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2025.03.19

広松由希子のこの絵本のココ! 第5回 「2024年 見逃せない注目絵本 特別編1」

第5回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編 1
 

MOE2025年2月号(バックナンバー発売中)の巻頭特集「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」にて、2024年の注目の新刊絵本、惜しくもランクインを逃した絵本などについて、広松由希子さんにお話しいただいた記事の完全版を分割してお送りします。
 

はじめに
  

 先日、上海チルドレンズブックフェアで中国人の記者さんから取材されたとき、「MOE絵本屋さん大賞が最近面白くないのはどうしてか?」と率直な質問を受けました。「昔はすごく刺激的だったのに」と惜しがられていて。ランキングが人気投票でなく売り上げ投票みたいになっているのは、この絵本屋さん大賞の影響力が大きいものだけに、真剣に考えないといけない問題だなと、つくづく実感させられました。

 この方向が絵本の世界全体をつまらなくする恐れがあるんじゃないかと、個人的には感じています。売れる本と売れない本の二極化が2000年代以降問題になっていますが、それを悪化させている懸念があります。私自身はランキング以外の「注目絵本」というページを細々と何年も続けてきたのですが、中国の記者さんはそれもずっと読んでくれていて……話しているうちに、なんかこの記事でお茶を濁すみたいなことはやめた方がいいんじゃないかと反省しました。

 でも、ランキングを離れて広く振り返ってみると、果敢な挑戦やハッとさせられる気づき、新しい視点の絵本もいろいろあるし、本当に多様な絵本が出ているんだなと、ちょっとほっとします。そして、自分が心から好きだと思う絵本を見つけて、熱いコメントを送ってくれる書店員の方もいて、励まされます。ともあれ今年は、2023年秋から2024年秋までの新刊絵本について、ざっくりテーマごとに分けて見ていきますね。


 

スージー・リーと訪日ラッシュ

 コロナがおさまり、円安のおかげもあり、海外から絵本作家たちも続々来日するようになりました。それとあわせて出版やイベントが動き、注目されるきっかけにもなりました。
 まず春にはJBBY(日本国際児童図書評議会)創立50周年の記念企画で、スージー・リーが韓国から来日。この前後にかためて、4冊の絵本が翻訳出版されましたね。それぞれ出版社も違うし、絵のスタイルも本のタイプも違う。これまで見過ごされていた初期作だったり、しかけ絵本だったり、他国の文豪とコラボした本だったり。彼女は2022年に韓国初の国際アンデルセン賞を受賞し、韓国の絵本観を変えた人とも言われている時の人でしたが、その作風の幅広さ、今後のさらなるポテンシャルも感じることができました。

 


 『どうぶつえん』は、クラウドファンディングで出版された初期作です。個人的には2004年か5年頃、スージーが『なみ』(講談社)などの代表作で国際的に注目される前に、ボローニャ・ブックフェアで見初めて入手していたんです。スージーを意識する前のスージー本でした。でもその豊かな才能を、すでに見ることができますよね。絵から読み取るものが大きく、現実と空想の行き来が面白い。きっとジョン・バーニンガムの影響なども受けているんじゃないかな。
 

 

 

 『いつかまたあおうね』は、しかけ本。シンプルなしかけが物語とマッチして、色のバランスも楽しく計算されている。本全体がやさしい物語を含みながら、ひとつのオブジェのように完成度の高い絵本になっていますね。
 

 

 

 『なんていいひ』は、線の動きが心地よく、絵が語っていく一編の詩のような本。東直子さんの詩的な訳語も生き生きしていて、声に出して読む快感がありますね。
 

 


 『わたしを 描く』は、文章を中国初の国際アンデルセン賞作家・曹文軒が書き、両者がっぷり四つで組んでつくった中韓共同出版の本。比べたら中国語、韓国語、英語とテキストがみんな違っていて、なかなか含みの多い複雑な物語なんです。私自身、悩ましくも発見の多い共訳のプロセスを体験しました。

 

 

 

 秋には、フランスからジョエル・ジョリヴェが来日しました。日本では2006年発行の『365まいにちペンギン』(ブロンズ新社)で人気を得たイラストレーターですが、2023年暮れに同じ作者とのペアで『じかんをまもれなかったクマのはなし』が出ました。時間にルーズだったクマが時計を読めるようになったために、今度はスケジュールがギチギチで燃え尽き症候群になるという、現代人が身につまされる本。これでもかとエスカレートするぎゅうぎゅう詰めの話をコミカルに描き出していて、息のあったコンビの痛快な笑いを味わえます。
 

 

 

 ポルトガルからは、世界でも注目されているアンドレ・レトリアが来日。『戦争は、』は、もともと戦争というテーマをどの時代にもどの世代にも伝わるように普遍的に絵本化した作品でした。2018年の出版後、翌年のナミコンクールでグランプリ、続けてBIBでも金牌を受賞し、国際的に評価されてきた絵本ですが、ここ数年で、悲しいことにますます意味を深めましたね。

 日本語版では、あえて難解な引っかかりを表現するために漢字熟語に訳したところもあると聞きました。その訳者や編集者の意図もわかるのですが、原書はもっとシンプルで、幼い子どもにも届くように意図された本。絵で語るものが大きいので、読むことで戦争を「気持ち悪い」とか「嫌だ」と感じてほしいと、作者は思っていたそうです。だから全然きれいには描かれていないのですが、彼の絵が含むユーモアみたいなものもあって、見る人を拒まない。日本でも大人の本として片付けてしまわずに、親子で読んで戦争への嫌悪を感じるきっかけにしてほしいと思います。

 文はポルトガルを代表する作家で詩人である、アンドレのお父さんが担当していて、父子の密なやりとりによる共作です。イラストレーターの息子のほうは、独立系の出版社も経営していて、ポルトガルの絵本世界を塗り替えた立役者の一人。作者としての話と出版者としての話、両方のトークイベントを聴くことができましたが、受講者が少ないのがもったいないくらい面白かった。

 スージーもアンドレも海外で英語の講演を聞く機会は過去にも何度かあったんですけど、日本ではそれぞれの母国語で自由に話してくれて、堪能な逐次通訳で聞けたので、ぐっと深く楽しめてありがたかったです。書店員や編集者、絵本ファンや作家たちにも、こんな刺激的な話をもっとみんなに聞いてもらいたいなと感じました。円安はそろそろ止まってほしいですけど、絵本作家の訪日は大歓迎ですね。

 

 


 シドニー・スミスは、2023年の秋に来日しましたが、日本との縁が深まったところで、翌春の国際アンデルセン賞画家賞の発表があって、盛り上がりましたね。目下世界で最も注目される絵本作家のひとりです。『ねえ、おぼえてる?』は、絵本表現としても革新的で、これも歴史に残る1冊だろうと思いました。記憶の深淵、深く柔らかいところに引き戻されるような感覚で、感情を揺さぶられました。繰り返し読み返したいと思います。


次回へ続く)

 

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを 描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo

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