- 2025.03.26
広松由希子のこの絵本のココ! 第6回 「2024年 見逃せない注目絵本 特別編2」

第6回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編2
MOE2025年2月号(バックナンバー発売中)の巻頭特集「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」にて、2024年の注目の新刊絵本、惜しくもランクインを逃した絵本などについて、広松由希子さんにお話しいただいた記事の完全版を分割してお送りします。
来日ばかりでなく、抑えられていた旅も復活。旅に出る本も面白いものが多くて注目しました。
五味太郎さんも絵本デビュー50周年で、ちょっと特別感のある本が出ましたね。『ぼくは ふね』は、「ぼくってだれ。どこから来たの。どこへ行くの」と、今に至るまでずっと旅してきた、そしてこれからも旅していく五味さん自身のモノローグとも読める本だと思います。シックな黒に穴の開いたスリーブケース、チリのないフラットな造本。このまま壁に立てかけておいてもオブジェとしてのインパクトがある絵本です。
五味さんは『りょこうにいこう!』という本も出ましたね。家族が旅行に出ると、残された家も「りょこうに いってきまーす」と出かけていく。家が出かけていくといえば、後述する角野栄子さんの『月さんとザザさん』も思い出しました。
そして、三浦太郎さんも、ユニークな旅の絵本『うみへ やまへ』が出ましたね。左開きで白い文字を読むと、山の家を出発して海に行く話。右開きで赤い文字を読むと海から山へ向かう話。お父さんの故郷とお母さんの故郷という対にもなっていて、表紙も裏表紙も表紙みたいな造り。本をさかさまにして行って帰ってくる絵本とか、横書きと縦書きを利用して両開きで読んでいく絵本などは、これまでにもありましたが、これはもう両方横書きでいいじゃん、って潔く作られていますね。両方からの絵が1枚絵としてグラフィックに仕上げられているのが三浦さんらしさ。
自主的に向かう楽しい旅もあれば、せざるを得ない旅もあります。イランの『きみは、ぼうけんか』は、主人公の兄妹が難民になり、命をかけた苦しい旅をせざるを得ないわけですね。家を破壊され、家族を失い、命からがら逃げていくのですが、お兄ちゃんは妹のために精一杯の知恵で、「ぼうけんかに なりたくない?」って言う。冒険家という言葉で妹を鼓舞しながら自分の心も折れないように、いっしょに過酷な旅を続ける。ギリギリの健気さ。そして最後にお兄ちゃんの心が折れかけたとき、今度は小さい妹がお兄ちゃんの支えになる。
色のない必死の「冒険」が、柔らかに着色された、ひとまずの終着点に至るまで、読者も心の糸が切れないように、主人公と共にずっと旅していく。政情不安定な中東から届いた平和へのメッセージは、やっぱり絵本を通して体感できるもの。日本の子どもたちにもぜひ広く感じてもらいたい1冊でしたね。
きくちちきさん、この一年すごかった。出版点数も多いのですが、1冊ずつが違う表現、新しい試みで攻めていました。まず2023年10月、「岩波の子どもの本」で出た『やまをとぶ』は、縦書きで小さいフォーマットに、あえて広い世界を、のびのびはみ出す勢いで描いたものでした。
さらに、2023年末の『ゆきのゆきちゃん』、大好きでした。雪の日の、体の内側からうれしくてたまらない気持ちがこみあげてきちゃって、小さい動物たちと雪にまみれて遊ぶゆきちゃん。雪の日のはしゃぐ気持ちとあいまって、みんなといっしょなのがうれしくて……幼い子どもがもう、ただただうれしくてハイになって体が踊っちゃうみたいな気分を、ちきさんは共鳴して描けるんだから、ほんとにすごい。銀を生かした印刷や墨のタッチ、表紙の質感などが総合的にひとつになって、雪の日の高揚した気分やうれしみが伝わってきます。
それから、『あらしかみなり』なんてぎょっとする激しい絵本もありましたし、
初めての長編絵本『くびがにゅーとのびました』も冒険でしたね。赤羽末吉さんの『おへそがえる・ごん』(福音館書店)の判型と厚さのイメージで、どんどん荒唐無稽に話が展開するんですね。1冊ずつ本当に新たな挑戦をしているなって感じます。
ほとんど自作ですが、もりといずみさんの文で『おかおあらうの みーせて』なんていう幼い子向けの絵本も出ました。これは、子育て仲間同士の素直な視点で描かれた、いかにもちきさんらしい柔らかい絵で。
デビューしてから10年余り、素朴で自由で、でも繊細なイメージがあったから、こんなに忙しくして大丈夫かな……なんて一時は勝手に心配したんですけど、そんな心配おこがましかった。タフに挑戦し続けて、自分の世界を広げられていて素晴らしいなと感じています。
(次回へ続く)

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo