- 2025.04.02
広松由希子のこの絵本のココ! 第7回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編3

第7回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編3
MOE2025年2月号(バックナンバー発売中)の巻頭特集「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」にて、2024年の注目の新刊絵本、惜しくもランクインを逃した絵本などについて、広松由希子さんにお話しいただいた記事の完全版を分割してお送りします。
『こっちをみてる。』(★第17回MOE絵本屋さん大賞2024 25位)は、気持ち悪い怖さが奇妙な快感でしたね。一方で、本気で怖がらせるというより、怖さと面白さのバランスが快い傑作が目立った年でした。
まず『ドクロ』。これは「MOE」で特集を組んでいたのに絵本屋さんのランキングではほとんど票が入っていなかったのが意外でした。「読者が選んだ2024年絵本ベスト10」では10位に入ったので、読者は見ているけど、書店では絵本という認識がなかったのかな。でもこの構成とか、みごとに絵本ですよね。今までジョン・クラッセンの絵本は、長谷川義史さんの訳などで大阪弁のおかしみをまとっていたのですが、柴田元幸さんの訳でイメージ一変。わからなさと不気味さを含みながら、絵はシックで可愛い。
余談ですが、先日、上海ブックフェアのGolden Pinwheelコンクールでいっしょに審査員をやってきたところなんです。彼の国際人気は中国でもダントツでしたね。自分の絵本は「日本では訳者にめぐまれているんだ」と話していました。
『もののけdiary』は、「稲生物怪録」をアレンジした絵本。「怪談えほん」などでもお馴染みの人気ペアが、粋な大人の腕を揮って魅せた。これもじっくり読みたい味わい深い本だと思います。
『ようこそ じごくへ』も、拙著で恐縮ですが、書店員さんからのコメントなどありがたく読ませていただきました。12世紀の国宝絵巻「地獄草紙」から発想した、かなりふざけた新地獄草紙です。原本の奈良国立博物館にある地獄草紙も、ひどく恐ろしいんですが、やっぱりどこかユーモラスだったりするんですよね。極卒とか、鬼婆みたいなのが残忍で怖いくせに、おかしくて魅力的で表情豊か。そんな魅力も伝えられたかなと思います。100%ORANGEさんが6、7年かけてビジュアル化してくれた絵本で、画面のあちこちに遊びが仕込まれていて、 何度見ても発見が尽きないです。
地獄草紙と重ねてイメージした源には、もうひとつ、私が子どもの頃に夢中になったマンロー・リーフの『おっとあぶない』(注 原書『Safety Can Be Fun』1938年刊、学研 1968年刊、フェリシモ 2003年復刊)があるんですよ。「悪いことすると、こんなんなっちゃうよー、地獄に落ちちゃうよー」という。しつけというより羽目をはずして、カラッと面白がりつつ怖がる楽しみを再現したかった。
怖くて面白い本、もう一冊。シゲリカツヒコさんは、絵の中に本質的に、不気味さとシュールなおかしさを含んでいる人ですよね。その匙加減がいい感じに混じり合ったのがこの『きゅうしょくたべにきました』。気持ち悪いけどリアルなおいしさも感じるし、怖いけどめでたいみたいな。
魔法は元々絵本と相性のよいテーマではありますが、これも気になった絵本群でした。まず、2023年にちょうど絵本屋さん大賞年度の境目で取り上げそこねた『魔女の一日』。わりと本気で魔女になりたい人のために、おすすめのマニュアル絵本ですね。著者が魔女専門店の店主さん。私の仕事場に置いている魔女ほうきとかカラスの置物とか、実はそこのお店のものなんですよ。それだけに魔女の料理でも、魔女の修行でも、呪文でも、半端じゃない本気が感じられます。そして、その本気をがっつり受け止めたのが、山村浩二さんの絵。この絵、マジ魔女だなと。
魔女といえば、卒寿を迎える角野栄子さん。2023年11月3日に「魔法の文学館」がオープンして、ご著書もどどっと出版されました。先述の『月さんとザザさん』は絵本ではありませんが、ご本人の挿絵がめっぽう可愛く、当たり前のように家が歩き出しちゃうんですよね。『魔女の宅急便』のように魔女と銘打っていなくても、なんかもうベーシックに、少なくとも角野さんの成分の一部は魔女なんだろうと。『ちいさな木』は、佐竹美保さんの1940年代のアメリカを思わせるようなタッチで、みごとにこなれていますけど、当たり前のように木や石とか水溜まりまで歩き出したりする絵本。さりげない擬人化。角野さんの魔法をクラシカルな手法でビジュアル化した腕は、さすがですね。
ペルーの昔話『アチケと天のジャガイモ畑』も面白かった。人気シリーズ「世界のむかしばなし絵本」の1冊です。エグい魔女が出てきて、ペルー版「やまんばのにしき」みたいな迫力で アンデスの山々を豪快に越えていく。この魔女アチケっていうのが、なかなかいかついんですけど、魅力的なキャラクター。日本でなくペルー、秩父でなくアンデス山脈ですが、迫力の構図展開は、飯野和好さんの真骨頂です。
それから伊勢英子さんの『ピアノ』も、柔らかな魔法を描いた絵本でしたね。伊勢さん、こういうファンタジー絵本を作られたのは初めてではないかと思うんですが、日常の延長に魔法が生きています。伊勢さん自身、音楽が大好きでずっと続けてこられた方ですが、この本の魅力はやっぱり音楽のビジュアル化。音楽の絵本化というテーマは、1970年頃からエリック・カールやレオ・レオーニなどの巨匠も描いていますが、伊勢さんはカノンやモーツァルトなどの音楽を繰り返し聴いて、自分の音のイメージに誠実に水彩で表現したそうです。目で見る音楽の魔法、不思議なリアリティがあるんですよね。
『ねこまがたけ』は、「あやしい猫えほん」シリーズの第一弾。怖いというよりは、妖しさが漂う絵本ですね。2023年10月末に出てから、まだ続刊が出ていないみたいですが、猫がもつ魔的な部分が浮かび上がるシリーズになるのかな。
(次回へ続く)

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo