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2025.04.09

広松由希子のこの絵本のココ! 第8回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編4

第8回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編4

MOE2025年2月号(バックナンバー発売中)の巻頭特集「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」にて、2024年の注目の新刊絵本、惜しくもランクインを逃した絵本などについて、広松由希子さんにお話しいただいた記事の完全版を分割してお送りします。
 

立体と平面
 

 絵本はあらゆるテクニックで作られていて、前述のきくちちきさんだけでも、すごくいろんな画法を用いているわけですが、今年の絵本では、立体を平面に取り込んだ絵本に特色のあるものが多いなと注目しました。
 


『おすしが あるひ たびにでた』田中達也/作 白泉社
 

 『おすしが あるひ たびにでた』(★第17回MOE絵本屋さん大賞2024 8位)の田中達也さんは、元々独自のやり方で立体を取り込んでいる作家ですが、それより前に、韓国のペク・ヒナさんの立体を撮影した絵本も注目されていましたね。彼女がリンドグレーン賞を獲ったことは、国際的にも大きなことでした。以前は写真や印刷技術の問題もあり、なかなか絵本として成立しないものも多かったのですが、近年の変化は目覚ましい。といっても、造形物の魅力や、それをどう写真に撮って絵本に構成するかというのは大きな課題ですが。
 

 


『ともだちのなまえ』内田麟太郎/作 はしもとみお/絵 教育画劇
 

 『ともだちのなまえ』は、彫刻家として近年注目されていたはしもとみおさんの木彫をもとに絵本化したもの。作品の造形の魅力はもちろんですが、「MOE」でも活躍されている写真家かくたみほさんの撮影の力も大きいでしょうね。木彫の質感、立体と背景の馴染ませ方とか、よく絵本として成立させたなと感じました。

 


『森の歌がきこえる』田島征三/作・絵 ルートマニー・インシシェンマイ/オブジェ 偕成社
 

 絵と立体物を合体させた本で驚いたのは、常に果敢に自分に挑み、絵本界のパイオニアであり続ける田島征三さんの『森の歌がきこえる』ですね。15年間で24回ラオスを訪れて、ラオスの立体作家(写真を見ると、田島さんの弟みたいな人)との交流を通して作られた。この絵と立体の関係――CGではなく、オブジェを撮影し、写真を手でコラージュして画面を作ったんですって。オブジェ自体も不思議なユーモアをたたえて魅力的なんですけど、その立体を平面に取り込んで壮大な物語絵本に着地させているんですよね。ちょっと一筋縄ではいかない。この最終シーンなんてすごくないですか。盲目になったおじいさんと、美しく浮かんでくる顔と、精霊に囲まれた動きにぐっときます。15年間通い続けた労作でありながら、それを感じさせない楽しさ。あっぱれです。

 


『きょういちにちのラッタッタ!』柚木沙弥郎/人形 荒井良二/絵とことば アリス館
 

 『きょういちにちのラッタッタ!』は、1月に101歳で亡くなった柚木沙弥郎さんと柚木さん自身がファンだと語っていた荒井良二さんのコラボ。晩年になるほどに、楽しく自由になっていった柚木さんの素敵な人形たちと、荒井さんの絵と言葉が組み合わさって、立体と平面の合作になりました。荒井さんの描き文字も絵の一部となり、画面が舞台となって、人形のオペレッタを奏でていく。あの世とこの世の、立体と平面の共演。

 


『ねぇ だっこ』柿木原政広/作 ブロンズ新社
 

 デザイナーの柿木原政広さんの赤ちゃん絵本『ねぇ だっこ』は、ファーストブック賞の方に多くの票が入ったそうですね。果物や野菜そのものの写真に、さりげなくちょこっと表情をつけ、素朴な味わいが読者を親しく誘い込みます。食べもののマッチングとちょっと甘えた関係が面白い。

 ね、立体写真と絵の組み合わせで、今年のこの豊作ぶり、面白かったでしょう。

 

共生
 
 

『くまくんです。』村上康成/作 ひさかたチャイルド
  

 次は地球上の生きものの「共生」というテーマで、まとめてみました。まず、クマ2種です。『くまくんです。』は、自称「絵本も描く釣師」アウトドア派の村上康成さん作。ツキノワグマが1歳半くらいで母親から独立する「イチゴ落とし」という生態をもとにした話です。母グマと別れた幼い子グマが、いろんな生きものたちと出会っては別れていく。最近里に出てきて敵視されがちなクマですが、あどけない表情がなんとも可愛い。この地球の上でみんないっしょに生きている、喜びの根っこみたいな気持ちを、小さい人たちに届けてくれる本だなと思いました。

 


『マレーグマを救ったチャーンの物語 ソリアを森へ』チャン・グエン/作 ジート・ズーン/絵 杉田七重/訳 鈴木出版
 

 もうひとつ注目のクマは『マレーグマを救ったチャーンの物語:ソリアを森へ』。119ページのグラフィックノベル形式で出た、珍しいベトナムの絵本です。作者がベトナムの自然保護活動家で、若い頃の活動をもとにした自伝的な物語。画家はイギリスのカーネギー賞画家賞を受賞し、世界的に評価されました。東南アジアの絵本、ブックフェアなどでも動きがあります。これから注目ですね。

 


『ひとりぼっちのオオカミ』ケイティ・スリヴェンスキー/作 ハンナ・サリヤー/絵 大竹英洋/訳 BL出版
 

 『ひとりぼっちのオオカミ』は、また違う不思議な魅力。絵もプロットも霧がかかったようにぼかされています。最初は、他のオオカミと違う主人公が成長する「みにくいアヒルの子」みたいな話かなと思ったのですが、人間と犬の始祖みたいな話とも受け取れます。事実はわかりませんが、こんな風に犬と人の共生が生まれたのかもと推測できる。半分架空の、でもそうかもしれないと思わせる物語ですね。

 


『きこえないこえ』内田麟太郎/作 竹上妙/絵 佼成出版社
 

 『きこえないこえ』は、内田麟太郎さんの情感のこもったメッセージにたけがみたえさんの野生が響いた、共生する喜びとは逆に、共生できない人間への警告のような絵本です。最後の象の悲しみ、それを聞くクジラの悲しみ。人には聞こえない声を人に届けたい声として描く矛盾が、想いの強さになって、絵本にこもっています。

 


『ヤマピカリャー 西表島のヤマネコのおはなし』軽部武宏/作 小峰書店
 

 『ヤマピカリャー』は西表島の山猫の話で、そこに住む動物と自然の神秘に思いを馳せる絵本ですね。軽部武宏さんの絵が濃密で、訴えてくる。


 


『たった2℃で… 地球の気温上昇がもたらす環境災害』キム・ファン/文 チョン・ジンギョン/絵 童心社
 

 環境や共生をテーマにした科学絵本は、韓国が強い分野です。『たった2℃で… 地球の気温上昇がもたらす環境災害』も読ませます。2℃上がるだけでこんなことになるんだなって。写真でなく親しみやすい絵でわかりやすく、温暖化について考えるきっかけになる本です。

 この本に限らず、今年はノンフィクション絵本の面白いものが多かった。分類しながら見ていきましょう。

 

(次回へ続く)

 

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo

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