- 2025.07.04
広松由希子のこの絵本のココ! 第15回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編11

第15回 2024年 見逃せない注目絵本 特別編11
MOE2025年2月号(バックナンバー発売中)の巻頭特集「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」にて、2024年の注目の新刊絵本、惜しくもランクインを逃した絵本などについて、広松由希子さんにお話しいただいた記事の完全版を分割してお送りします。
名作の復刊もありました。文明批判の先駆的な絵本『ぼくはくまのままでいたかったのに……』ですが、今年復刊になったことに意味を感じます。これは 逆に、1978年に日本で出た当初は、文明批判をきっぱり、絶望的にも描くことができたんだと思うんです。でも、今の文明の中から生まれた新刊を見ていると、『100ねんごもまたあした』とか『ぼくらにできないことはない』とか、ちょっと強がらないとやっていけないような、大変な時代になったのかなっていう気がしますね。そんなことを考えながら切なく読み直しましたが、ともあれ復刊してよかったです。
『ひとのなみだ』もすごかった。内田麟太郎さん、訴えていますよね。今の世界を厳しく受け止めて、それを悲壮なままではなく裏返して描かれたのが、やはり2024年の本だなって思います。人ではなかったぼくたちが、最後に人の涙を流す。『きこえないこえ』と合わせて、強く刻まれました。
そして、惜しくもランク外となった『ミライチョコレート』。展覧会もすごいし、主要な賞も次々受賞して、飛ぶ鳥をを落とす勢いのザ・キャビンカンパニーですが、この絵本は、もとは株式会社明治から提案されたプロジェクトだそうですね。チョコレートのなくなった西暦3024年の未来を描いているんですが、キャビンさんの作品は生きるパワーに満ちていて、1000年後の未来も、強がりでなく信じられる。子どもたちに伝えるポジティブな力がみなぎっていて、説得力がある。やはり、こういう絵本も必要ですね。
この先に果たして明るい未来があるのか、こんなぐらぐら覚束ない時代に、まど・みちおさんの詩と、この「まど・みちおの絵本シリーズ」というのは、強い味方になってくれる絵本だなあと感じています。
柚木さんの『せんねんまんねん』(2008)も、ささめやゆきさんの『くうき』(2011)も大傑作でしたが、10年以上間があいた後、素晴らしい絵本が続けて出ましたね。
nakabanさんの『水はうたいます』は、まどさんの詩に寄り添って、水のように心地よいテンポで流れていきます。1画面ずつゆったり眺めながら1行ずつを口に含むと、地球にいるちっぽけな自分を感じ、小さな悩みが水に 溶けていく感じがしますね。自分も水になって地球をたゆたっているような気持ちになります。
それから半年後くらいに、あずみ虫さんの『よかったなあ』が出ました。あずみ虫さん、今やっぱりすごいです。元々力のある人でしたが、アラスカと行き来するようになってから、表現の芯が太くなったというか、アルミの金属板を切ってコラージュする技法の存在感と合わさって、またぐんと強くなった気がします。『アザラシのアニュー』(★第17回MOE絵本屋さん大賞2024 20位)はランクインしていて、こちらも実感のこもったいいシリーズだと思うのですが、『よかったなあ』には、もうひとつスケールの大きな凄みも加わって、本当に「よかったなあ」と思いました。nakabanさんの絵本とは違う、絵とテキストの不規則な呼吸が面白いです。呼吸しながら絵を味わい、詩を味わい、挿入された言葉のない気持ちのよい風景を見ていると、深く息をつけるんです。
まどさんは決して全てに肯定的な人ではなかったし、100年以上の人生の中で、それはもう、戦争とかいろいろなことを体験されていますけれど、 それでもやはり、生きることの喜びや人間の小ささに繰り返し気づかせてくれて、生きることを肯定される気持ちになりますよ。このシリーズでは、一冊で一編の詩を、最高の絵とともに味わわせてくれる。いろいろあるけど、やっぱり「よかったなあ」って気持ちになれるので、最後にこのシリーズを紹介して終わりにしたいと思いました。

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo