- 2024.10.12
広松由希子のこの絵本のココ! 連載第3回 特別編【インタビュー】 ルーシー・フェリックス

第3回 【特別編】
インタビュー ルーシー・フェリックス Lucie Félix
2022年に東京都現代美術館で行われた「TOKYO ART BOOK FAIR 2022」のため、フランスの絵本作家、ルーシー・フェリックスが来日。会場で開催された子どもたちとのワークショップに続けて、広松由希子さんによるインタビューが行われました。「MOE」2023年3月号の特集「アートとエスプリの国 フランス絵本の最前線」に掲載したインタビューの完全版をお届けします。

Lucie Félix(ルーシー・フェリックス)/1983年フランス生まれ。国立自然史博物館修士課程修了後、ロレーヌ高等芸術学校卒業。2012年に出版した『2 YEUX ?』(Les Grandes Personnes)で2013年ソルシエール賞、ピチョー賞他多数受賞。
2014年に出版した『PRENDRE & DONNER』(Les Grandes Personnes 邦題『かたちをはずしてうらがえし』大日本絵画)は2017年IBBY「世界のバリアフリー児童図書」の1冊に。2022年サロン・ド・リーヴル・ジュネスGrande Ourse賞受賞。www.luciefelix.fr
長いこと連載をお休みしてすみません。世界中で猛威をふるった新型コロナウイルスが下火になった2022年秋頃から、すっかり途絶えていた海外からのゲストが少しずつ増えてきました。円安のおかげもあってか、23-24年には各国から多くの絵本関係者が来日しました。誌面では紹介しきれなかった注目の絵本作家たちのロングインタビューを、ここに「特別編」として掲載します。
――大学では、まず生物進化論を学ばれたんですね。
17歳ですぐにアートに進む決意ができるほど自分が成熟していなかったのかもしれません。まずは自分が興味のあった生物進化論を学び、修士まで終えました。でも次に博士号までとるとしたら、さらに3年間、100%自分を捧げなくてはならないなと。そこで、昔から自分が望んでいたアートの勉強をしたいと思い、そちらに賭けてみることにして、試験に挑戦しました。
5年間を科学の勉強に捧げたことを、まったく悔いてはいません。批判的精神を養い、色々な角度から物事を見ることを学んだからです。アートと科学の勉強には、共通点があります。想像する力と、それを検証するという作業。その両方がどちらの勉強にも必要なんです。
また、私はダーウィンという人物を尊敬していて、大きな影響を受けました。彼は生物進化論の分野においてパイオニアと言われていますが、彼の研究によって始まったと思われる「創造」における大事な要素を学べたと、自分では思っています。
――ルーシーさんの絵本に対する姿勢にもつながりますね。一作ずつ異なるアプローチで、非常に多角的に考えられた絵本だなと感じます。
はい。まず、自分が子どもたちに向き合うスタンスが、重要な鍵になっています。私は、子どもたちが本というものに対して、また本を通して、色々試して発見していく「探検家」であってほしいと思っているんです。
本の作家として子どもたちに向き合うとき、私は「本というものは、権威のある素晴らしいもの」というような先入観をもたないでほしいと思います。本の作家にはいい人もいれば、悪い人もいる。だから、本をそのまま真に受けるのではなく、いいとか悪いとか、自分たちで意見をもてるようになってほしいんです。本がどんな風に考えられて作られているか、どうしてその本がいいのか、子どもたち自身が考え、証明していくこと自体が、本を愛する態度にもなると思うのです。
――ルーシーさんの絵本は、権威的どころか、完成された本の概念を覆すような、参加型絵本が中心です。
子どもって、手を動かすパズルのようなものに夢中になりますよね。そういうときの子どもたちは一体どのようにその本を見ているのか、子どもの立場に立って考えてみたいと思いました。昔自分もそうだったとしても、大人になって忘れてしまっているかもしれない。普段の自分の立場から離れて、いろいろ考えてみることが、とても興味深いことでした。
子どもたちにとっては、考えること自体が集中力を養うことにもなるし、本はそういう役にも立っているのではないかと思い至りました。つまり、遊ぶことは、学ぶことだと。その機会を子どもたちに与える絵本が作れたらいいと思いました。
――ルーシーさんは、先ほど見学したワークショップでも、0歳から6歳までの幅広い年齢層の子どもたちそれぞれに、常に目配りされていましたね。
普段は、もう少し小さい子どもたちが集まるんですが、今回は予想外に年長の子どもたちも参加していて、けっこうたいへんでした。でも、子どもたちはお互いに多くのことを学び合っていて、ほかの子が何をしているのか、とても興味をもっています。それが、新しいことをやってみるきっかけになります。だから、いろんな年齢の子どもがいっしょにやるのはすごくいいと思います。
――とても自然にフレキシブルに動かれていましたよ。子どもたちの遊びを誘発したり、意外な動きにも柔軟に反応したり、ちゃんと叱ったり。これは、ただ者じゃないな……と感じ入りました。
ワークショップでは、幼い子どもたちはなかなかうまく物を扱ったりできないから、ちょっと刺激を与えて、何度もお手本を見せて、できるように励ましてあげたり。逆に、年長になると――今日は例外的に活発な子どももいて――いろんな動きをして物を壊してしまったり、周りとの調和がとれなくなったりしがちです。物を片づけ、位置づけ、バランスをとり、組み立て、構成する作業や、みんなといっしょに遊ぶことなど、少しずつ複雑なことを教えられるように「ああしろ、こうしろ」と命じるのではなく、ちゃんと導きたいと思うんです。
――すごく素敵だなと思ったのは、ルーシーさんのおおらかな対応でした。本を赤ちゃんが踏んだりしても、まったくとがめず、気にもしていないようでしたね。
私は本よりも子どもたちに配慮しています。でも、やはり本をだいじにする環境も創りたいので、子どもたちが本を踏んでも心配しなくていいように、ワークショップでは子どもにも親にも靴を脱いでもらうように頼むんです。
――なるほど。絵本からも、主役は本ではなく、本を読む子どもたちだという意識が伝わってきます。ルーシーさんが絵本を挟んで、読者と遊んでいるように感じます。絵本自体が子どもの動きまで含んでいるんですよね。
子どもが主人公というのは、その通りです。私は読者としての子どもを信頼しています。彼ら自身が存在する環境のなかで、その本をどう理解するのか、どういう風にオブジェをさわったり子どもたちの間でコミュニケーションをとったりするのか、どういう風に物事を考えるのか……それらを想像した上で、本を用意してあげるのが私の役割です。
私は私で好きなことを言いたいし、やりたい。それと同じで、子どもたちにも自分で好きなようにしてほしい。
たとえば、この本(『かたちをはずしてうらがえし』原書)の中にある小さな言葉は、私が書いたものではあるけれど、子どもたちが自分でその本を見ながらふくらませて考えられるように挑発したいんです。
――個々の絵本についても、お聞かせください。絵本はどこから発想されるのでしょうか?
最初の絵本『2 YEUX ?』は、ほとんどひとりで考えたのですが、日本の作家の駒形克己さんに大きな影響を受けて作った本でした。当時、私はまだ子どもがいなくて、子どもというものを知りませんでした。幼稚園などでワークショップもやってみたのですが、全然うまくいかなかった。「これはダメだ」と思って、自分の現実と向き合い葛藤しました。子どもに関する科学や研究にも触れたし、いろいろ学びながら、興味がふくらんできました。実際「子ども」とはどういう生きものなのか。ワークショップではなるべく子どもをよく観察するとか、子どもたちが動いているのを見るとか、子どもたちの現実の姿を見ながら学んでいったわけです。
そうして最初の本が出版されたとき、最初の子どもができたので、その後は自分の子どもといっしょに学んでいきました。そうした経験があった上で、次の本『PRENDRE & DONNER(邦訳:かたちをはずしてうらがえし)』が生まれました。
それから、本当に子どもたちと作ったと思う絵本もあります。
――『きこりと王様とロケット (Le bûcheron, le roi et la fusée)』ですね。
はい。お話を語りながら、手でいろんな風に動かすことができる本です。子どもたちと何度もたくさんのワークショップを重ねて、コラージュやデコパージュなど、切ったり貼ったりの作業をしながら話を語っているうちに、繰り返し似たような話が出てきて、だんだんストーリーが出来上がってきたんです。
――三題噺のような、荒唐無稽な感じがすごく面白い本ですよね。
この本がよい例なのですが、私が一番興味をもって集中していたのが、本と子どもの間の相互作用のようなもの。子どもが本を実際にめくることで、本と子どもの間に何が起きるかということなんですね。ページをめくると何かが起きる。それはまたどんどんつながっていって、物語というかたちになっていく。そのことを小さな子どもがまず理解するための助けになればと思いました。
現実世界にある「本」をめくるという作業が、想像の世界のストーリーになっていくということは、なかなか抽象的で難しいことだと思うのですが、いろんな遊びを通して、子どもが理解していく。その「理解」をコンセプトとした作品なのです。
――そもそもルーシーさんがアートに転向してから、本に取り組もうと思ったのはどうしてだったんでしょう?
本というのは、他の人と交流することをやさしくするオブジェだと思います。世の中に起こっている現象や文化に触れられない人にも、本は、世界の様々なことを発見してもらえる媒体なんだと、可能性を見出したのです。特に本を使って小さな子どもたちにいろんな可能性を与えることが、社会に対する貢献であり、私のやりたいことのひとつだったんです。
実際、本を使ってこういう仕事をしていると、ひとつのジャンルに閉じ込められるのではなく、例えばデザインにも関わることができるし、可能性はどんどん開かれていくんですね。
――ルーシーさんの絵本では、本とオブジェが一体ですね。空間を作っていく壁になったり、床に敷くマットになったり……。
従来の本の概念と一致するかわからないですが、本というものは私にとってはオブジェなんですね。本は現実の生活に密接に関係しているものであって、決して想像の世界の中だけにあるものではないんです。
――そこが面白いところでもあります。
先日、日本に長く暮らすフランス人とオブジェの概念について話し合ったんですが、オブジェというものが作る空間や物語、構成における考え方、そういったものが、おそらく日本はフランスとはちょっと違うんじゃないかと。そうした考え方にも、今回刺激を受けました。
これから自分が何をやるか、まだよくわからないのですが、舞台における演劇のようなことも、その先にあるのではないかと思っています。ジャック・タチの映画のように、パントマイムなどもやり、言葉がなくてもストーリーがあるようなものが生まれることを考えています。
――これからのルーシーさんの活動がますます楽しみですね。日本でも、もっと紹介されるといいのですが、特殊なフォーマットの絵本はなかなか出版されづらいという現実があります。そして、翻訳されても、読者に親切すぎるというか、説明過多になる傾向もあるようです。
なるほど。たとえば『PRENDRE & DONNER』の場合、シンプルに動詞だけをひとつずつ提示して、それに含まれる行為というものを表したいというのが、この本のコンセプトなんですが、日本語版では……。
――翻訳が出たこと自体は私たちにとってうれしいことで、大歓迎なのですが。デザインやニュアンスが作者の意図から離れてしまう場合がありますね。子どもが能動的に関わるというのが、ルーシーさんの絵本の肝だと思うので。
これは本当に演劇の場でも、大きいフォーマットで演じられるものなんですよ。
たとえば動詞ひとつだけが書いてあったとしても、子どもはそれによって、自分で隠れてみたり、周りを回ってみたりと、いろいろ自由な行動を起こすことができるわけですね。
大きな空間で、木製のインスタレーションにして、図書館やモントルイユのサロン・ド・リーヴル(フランスのチルドレンズ・ブックフェア)などでも展開されたりしています。
オブジェ化された絵本は、ただ置いてあるだけでも楽しめますし、さまざまなリアクションも生まれます。いろんな場所で展開できるように組み立てたり、畳んだりできるものになっています。
――すごい、絵本の発展形ですね。 今日は刺激的なお話をどうもありがとうございました。
Lucie Félix PRENDRE & DONNER Les Grandes Personnes
日本版『かたちをはずしてうらがえし』大日本絵画
Lucie Félix COUCOU ! Les Grandes Personnes

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo