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2024.11.16

広松由希子のこの絵本のココ! 連載第4回 特別編・後編【インタビュー】 アドリアン・パルランジュ


第4回 【特別編 後編】
インタビュー アドリアン・パルランジュ Adrien Parlange


2022年に東京都現代美術館で行われた「TOKYO ART BOOK FAIR 2022」のため、フランスの絵本作家、アドリアン・パルランジュが来日。会場にて広松由希子さんによるインタビューが行われました。「MOE」2023年3月号の特集「アートとエスプリの国 フランス絵本の最前線」に掲載したインタビューの完全版をお届けします。
 

Adrien Parlange(アドリアン・パルランジュ)/1983年フランス生まれ。オリヴィエ・ド・セール国立高等工芸美術学校(ENSAAMA)、ストラスブール国立装飾美術学校、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(イギリス)卒業。2014年出版の『La chambre du lion』、2016年出版の『Le Ruban』、2018年出版の『Le grand serpent』で2015年、2018年、2020年ボローニャ・ラガッツィ賞優秀賞受賞。www.adrienparlange.com

 



*特別編第2弾。前回のルーシー・フェリックスと同時に来日したアドリアン・パルランジュ(個人的にも大ファン!)のロングインタビューを前編に続き2回に分けてお届けします。
 


『Les printemps』(Editions La Partie)
 

(アドリアン・パルランジュ:『Les printemps』は)「本に穴を開けたらどうなるか?」というのが、最初の発想でした。普通の本はページをめくると、前のページが見えなくなるわけですが、穴を開けると前のものが見える。そうすると、前のものを見ながら、今の話をすることになると。将来についてもそうですね。それを時系列に語っていくと、面白いんじゃないかと思ったのです。

――一人称現在形で、誕生から始まるのですね。
 この段階では記憶がありません。まだ赤ちゃんですからね。3歳になって、親といっしょに海に行って、そこで足を浸したら、その足の感覚が記憶となって残り、それがページをめくっても穴から見えているわけです。
 4歳のときには、小さなイチゴみたいな赤い果物を道端でみつけて、お父さんが食べてごらんって言ったのを覚えているんですね。
 


『Les printemps』(Editions La Partie)
 

 5歳のときには、おじいちゃんに肩車してもらって、クリスマスの飾りを木にかけたことを覚えています。
 6歳では、フランス語でいう「足のないトカゲ」を蛇だと思って怖い思いをしたんだけれど、実はただの害のないやつで。でも6歳だったからすごく怖かったのを、やっぱり覚えているんですね。
 9歳のときには、とてもいい友だちができます。10歳でみんなで引越しをするのですが、思い出もちゃんと頭に残っています。
 

 


『Les printemps』(Editions La Partie)
 

 12歳で初恋をして、しばらくの間、好きだった女の子の顔がそこに残る。
 15歳のときに、ガールフレンドがほっぺたにキスをしてくれたら、動揺して、いろんなことを頭の中に思い浮かべるようになる。

――途中でページに隠れて消えていく穴もあるんですね。
 忘れられた記憶、もう重要ではなくなるという記憶も出てくるわけです。
 16歳で恋をして、でも18歳では彼女のほうがもう恋していないと悟る。
 


『Les printemps』(Editions La Partie)
 

――でも、ほっぺたにしてもらったキスの記憶はその後も残っているんですね。すごい切ない。
 21歳になって、仕事をし始めました。
 22歳で、前に好きだった女の子と偶然出会って……

――ああ、記憶の窓がほっぺたに動いている。
 生々しく、まだ残っているんですね。23歳で引っ越し前に仲のよかった友達と再会し、24歳で長い旅をすると、そこからは、そのとき見た風景が頭の中に残っている。
 30歳で、子どもができる。すると、自分が親という立場になって、子どものときに味わったのと同じような感覚が蘇る。それでまた海に子どもを連れていって足を浸けたり、子どもに木苺を味わせたり……「足のないトカゲ」を見ても、自分は大人になっているので大丈夫。ただ子どもが彼の手をきゅっと握ったので、それが、彼の新しい思い出になります。
 40歳で妻と子どもを連れて川に行くと、娘は遊びに夢中になっている。44歳でかつてひとりで旅して記憶が残っている場所に家族を連れて行くけれど、彼は風景ではなくて、娘を見ている。

――記憶が娘のことばかりになっていますね。
 50歳の時には娘が家を出る。

――ああ、手を振る娘を見て、握った手の感触を思い出しているんですね。
 絵にもテキストにもはっきり描かれない控えめな感情が、思い出として見られることで読者にも感じられるんです。
 もう娘はいないのですが、前に川で遊んだところに行くと、川が小さくなっています。そして62歳で彼はついに、孫に出会うわけですね。

――うーん、切ない感覚は、まだちょっと残っているけれど。
 68歳、昔、おじいちゃんのところで、木に輪飾りをかけたのと同じ場所に孫を連れて行ってみます。
 もし、ここに子どもを入れなかったら、非常にメランコリックなシーンとなるんですけれども、人間は必ずしもひとつの感情に囚われているわけではなくて、ちょっと昔を懐かしむ気持ちと寂しく思う気持ちがまじっている。孫がいることで、また別の感情が現れるということも、いっぺんに知ることができます。
 78歳で、3回目に川を訪れると、今度は楽しいシーンになっています。3世代で来ているわけですね。
 82歳になると、娘が、父親が危なっかしいことをするときに心配しているというシーンが出てきて……

――娘が父親の手を握ることが、昔を思い出させるんでしょうね。
 最初は娘が怖くて父親の手を握ったわけですが、今回は娘が父親を心配して手を握っている。同じ人の、同じ仕草ですが、意味は変わってきている。

――そうして85歳の春で、終わるわけですね。小さな頃に好きだった果物の記憶が、ひとつだけ残っている。春が好きなおじいちゃん。この絵本のタイトル『Les printemps』という複数形なんですよね。毎年春が巡ってくる、その全ての春の話ということでしょうか。
 「an(年)」という単語の代わりに「printemps(春)」という言葉を使うことがあります。「彼女は80歳だ」という代わりに「80春だ」という言い方ができるんです。このタイトルは、何度も何度も巡ってくる季節のことも示唆しています。いくつかの経験は一生の間に何回か繰り返すものですから。

――いや、すごく面白くて豊かな本。興奮しました。たくさんのレイヤーが重なってできていて、これはしばらく次の絵本のアイデアが浮かばなくてもいいのでは。もう下手すると、早くも集大成じゃないかと思ってしまいました。
 この本を描くとき、最初に思いついたテクニックは、フォトショップを使って描くということでした。レイヤーがいくつもあって、そこに穴を開けていくということでした。
 自分にとって難しかったのは、今までの絵本は、いつも平面的な二次元のイラストレーションで描いていたんですね。でも今回は、真ん中に穴を開けるとテキストにぶつかってしまうので、周辺に穴を開けなきゃいけない。そうすると、どうしても遠近法が必要になってくる。自分は遠近法で描くのが大嫌いなので、これが大変でした。

――確かに今までの表現は、二次元的にフラットな絵で徹底されていましたよね。今回は絵も三次元的にする必要があったし、さらに本として、物理的にも奥行きを出すことになった。と同時にこの本には時間軸が存在しているんですね。これ1本の時間軸=85年間で1冊の本を貫いたわけでしょう。奥行きのある立体的な絵本の中に、時間がみごとに組み込まれていて。ある意味、四次元的な本になっているな、心底すごいなと思いました。
 ページをめくることによって、絵本は、ひとつの時間が流れていくんですけれど、穴を開けることによって……

 前に行った。

――そう、時間の行き来がある。記憶の中での時間という意味で、タイムトラベルじゃないですか。すごく面白い。
 この本を作るのは本当にもう、情熱に導かれた仕事でした。ひとつの人生を語るなんてことを自分ができるんだろうか、していいんだろうかという気持ちはあったんですけれど、でも、これはやらなきゃいけないことなので、挑戦してみました。

――少しシンプルな質問もさせてください。これは自分の経験だったり、ご家族だったり、実際のモデルがあるのでしょうか?
 特に個人的なことを語るというわけではなかったのですが、いくつかのエピソードは、自分の経験からきています。 
 私は実際に娘が一人いるのですが、この女の子のことを語るというのは、非常に感情を揺さぶられる作業です。だから、ここには自分が子どもをもつ前にはたぶん描くことができなかったものがあり、経験はなかったけれど、世代間のつながりが生まれてきたと、自分では思っています。

――本当に挑戦に満ちた絵本を見せていただいて、濃いお話をうかがえて幸せです。ありがとうございます。
お聞きしたいことが尽きないのですが、もうひとつ。先ほどデッサン、オブジェとしての本を学ばれた後で、今はテキストには興味があるけれど、自信がないという話をされていましたね。でも、私の怪しいフランス語力でも、テキストがとても面白いし、力が入っているように感じました。謙遜して言われたのかなと思うのですが、絵本のテキストについて今思っていることを語っていただけませんか。

 私は作家という人たちに対して深い尊敬の念を抱いていますし、それが自分にとってはかえって書くことに躊躇をもたらすというか、自信がないわけです。絵だったら自分で直すことはできても、自分が書いたテキストや、人の書いたものでも直すなんてできない。ですから、なるべく短く書くようにしています。

――時間もかかりますか?
 絵本の文は、非常に苦労する仕事で、時間も長くかかります。この言葉が一番言いたいことを伝える言葉であるとしても、それが必ずしも思ったような、いい感情を与えるような言葉でないことはよくあるし。意味と音と、さらにその言葉をつなげていくときのリズムを整えなくてはならない。それでも、やっぱりどこかで妥協しなければいけないところができてしまう、難しい作業です。 簡単にパッとできるわけではありません。
 僕は自分一人で絵と文を考えるわけですが、時々もう絵で言われてしまっていることは、テキストから取ってしまうとか、そういう作業もします。絵とテキストは、ふたつの異なる言語です。同じことを語るのではなく、互いに補い合うものなんです。

――そうですね。絵本の文は、いわゆる文学とはちがうから。そうした総合的な意味で、アドリアンさんは、絵本の言葉の名手にちがいないと、フランス語版から受けとめています。今後日本で出版できるとしたら、微妙なレイアウトやフォントのデザインなども含めて、いい絵本になるようにしたいですね。
では、そろそろこのへんで。どうぞゆっくり休んでから、次のまたすごい作品を生み出してくださるのを楽しみにしております。

 まだ発明しなければいけないことや、作らなきゃいけないことはたくさんあると思っています。
 今日は、僕にとってもたいへんうれしい時間でした、ありがとうございます。

――本当に面白かったです。どうもありがとうございました。

*おわりに
 古今東西の文化からさまざまなものを吸収しながらじっくり絵本制作を続けているアドリアン・パルランジュさん。日本の1920年代の絵雑誌にも影響を受けたとか。最後に刺激を受けている同時代の作家についてもお聞きしたところ、ブレックスボレックスとリチャード・マグワイアの名前が挙がりました。
 全文公開を温めているうちに、2024年10月、『Les printemps』の後の新作『un abri (避難所)』が発表されました。未見。入手しなくては!

 

 

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、翻訳などで活躍中。2017年のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長など絵本コンペ審査員の仕事も多く、2024年は上海チルドレンズ・ブックフェアで国際審査員を務める。著作に『ようこそ じごくへ』『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナンティー・ソロ 子どもたちを鳥にかえたひと』『ハシビロコウがいく』(BL出版)、『わたしを描く』(あかね書房)、『旅するわたしたち On the Move』(ブロンズ新社)など。JBBY副会長。絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にて共同主宰。www.83gocco.tokyo


 
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