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2020.11.18

広松由希子のこの一冊 ―絵本・2020年代― 連載第4回『ねこはるすばん』町田尚子



第4回 「化けた猫」
町田尚子『ねこはるすばん』
(ほるぷ出版)



 先に白状しておきますと、二十歳のときのトラウマ体験のおかげで、わたしは猫がかなり苦手なのです。この猫好き絵本界において、猫の絵本を紹介するのは、私にとって相当ハードルが高く、取り上げるときには、なにかしら「負けた」気がするんです。

 ですが今回は、完敗です。いたしかたありません。猫好きな人には紹介するまでもない絵本なので、猫やや苦手目線で、そろそろと紹介したいと思います。

 

 

 
 ええ、町田さんといえば、猫。『ネコヅメのよる』(WAVE出版 2016)でスロバキアにも渡った(=ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)に原画出品された 図1)愛猫「白木」とともに、愛猫家としてその名を轟かせていますが、意外や猫歴はそんなに長くないのだとか。もとは犬派で、8歳の白木を引き取るまでは、猫を飼ったこともなかったそう。8歳といえば、人間なら立派なおじさんですから、一定の距離感で大人同士の同棲生活が始まったわけですね。
 


図1 BIB会場。町田さんの猫に大興奮のスロバキアの少女たち



図2 町田尚子『ネコヅメのよる』(WAVE出版 2016)
 
 

 だからでしょうか。町田さんの描く猫は、こんなにネコネコしているのに客観的な距離感があるように思え、猫好きでない人間にも、結界がゆるい感じがします。猫可愛がりというより、猫面白がりの目線で見られるんですよね。

 さて、『ねこは るすばん』は、『ネコヅメのよる』(図2)と対で見ると、またいろんな気づきがあって味わい深いのです。『ネコヅメ』刊行からは4年の歳月が経っているし出版社も別ですが、装丁はどちらも大島依提亜さん。『ネコヅメ』が夜なら『るすばん』は昼ですが、どちらも1匹の猫が主役の「ネコだけがしっている」創作物語絵本。でも、すごく印象がちがうなあと思ったところも、いくつかあります。

 白木がモデルの『ネコヅメ』は、セリフ以外ほぼ擬人化はしておらず、リアルに四つ足で夜道を歩いていました(それだけに、「わあ! でた!」の瞬間のインパクトは大ですが)。ネコヅメの夜は、猫たちにとっては周知の深夜のイベント。画面にはひとっこひとり出てこないけれど、舞台は人間の住むこの世の続きのようでした。

 一方『るすばん』は、人間の留守中に出かける、パラレルワールド。ワードローブ→木のうろという、ナルニアやアリスやめっきらもっきらどおんどんのような、非常にわかりやすい古典的な出入り口を敢えて使い、不思議の国ではなく人間界と酷似した(ほとんど実在のお店などがモデルになっている模様)「どこか」=猫世界へと誘います。

 るすばんの間、ほんの数時間、ふだんかぶっている猫の皮を脱いで近所で休日といった風情。到着すると、まず大きくのびをするところから。いや、猫ののびじゃないです。おおっ、二足歩行です。そうです、この人間的猫世界では、町田さんのリアル猫がビジュアルで擬人化されているのですね。

 

 

 

 可愛らしくデフォルメされた絵ならいざ知らず、町田さんのふてぶてしくリアルな写実画で(ほめてます)、この擬人化は至難の業でしょう。キャスリーン・ヘイルの古典絵本『ねこのオーランドー』(福音館書店 1982 原書の初版は1938年)なども参考にされたと聞き、深く納得しました。


 そしてもうひとつ、挑戦ともいえるのは、視点です。町田さんといえば、『ネコヅメ』でも、ブレイクした怪談えほん『いるの いないの』(京極夏彦/作 東雅夫/編 岩崎書店 2012)でも、自在なカメラワークが特徴的。屋根からの俯瞰や、床を舐めるようなローアングルなど、変化に富んだ構図で魅せてきました。それが今回は、果敢にも、その特技をほぼ封印されているんですよね。立ち上がった猫の目の高さで、ほとんど視点を固定しています。

 正面像、真横、そしてなんといっても本書のポイントは真後ろからの後ろ姿です。お尻も含めると、13も!後ろ姿が単独で出てきます。それも表情豊かに擬人化しつつ……ああ、そうか。見ているうちに、猫が苦手でも、ひょっとしたら尻尾は好きかもしれないと思い始めました。そう思って最初から見返すと、あんなしっぽ、こんなしっぽ、尻尾見放題の絵本です。
 



 

 暗い裏舞台を描いてきた町田さんの喫茶店、床屋、本屋……明るい街歩き。行ったことはほとんどなかったという釣り堀やバッティングセンターまで、ぬかりなく取材されています。見開きごとにあちこち訪れては、後ろ姿と前向きの、オーソドックスな二拍子。人間くささと猫くささの微妙なバランス。映画のポスターや本屋さんの品揃え(壁には魚拓?)、出発前と帰宅後など、ディテールをぼかしつつ、わかる人にはわかるでしょという、さりげなく憎いこだわり。

 あるかもしれない、いるかもしれない気配が、否応なくにじんでしまう画家が、伝家の宝刀(写実とカメラワークと暗さ)を差し控え、擬人化と言葉とリズムと流れにがっぷり四つで取り組んでしまった、大真面目にコミカルな猫絵本。

 ここ、まちがっちゃいけません。『ねこは るすばん』は猫好きにすすめる猫絵本なんかじゃないですよー。猫苦手の人にもおすすめできる猫絵本なんですよー。
ラストシーンは、反則でしょう……猫苦手のみなさんも、ぐらつかないように。

・・・・・

 化けたなーと思います。そして、まだまだもっと化けそう。薄幸の少女と犬を描いたデビュー作『小さな犬』(白泉社 2007 図3)から追って見ているものとしては、町田さんの渾身の犬絵本も、見てみたいです。

 

図3 町田尚子『小さな犬』(白泉社 2007)
 
 
 
 

まちだなおこ/1968年東京都生まれ。武蔵野美術大学短期大学部卒業。デザインや装画の仕事を経て、『小さな犬』(白泉社)で絵本デビュー。『いるの いないの』(京極夏彦/文 東雅夫/編 岩崎書店)で第5回MOE絵本屋さん大賞第3位、『ネコヅメのよる』(WAVE出版)で第9回同賞第6位、『なまえのないねこ』(竹下文子/文 小峰書店)で第12回同賞第1位を受賞。猫飼い歴10年、現在2匹の猫と暮らす。

 

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。2017年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)、訳書に『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)、『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月3日より、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にオープン。www.83gocco.tokyo



東京都新宿区市ヶ谷に「えほんとごはん」のお店ができました。団地の一室をリノベーションしたささやかなスペースですが、和洋中さまざま、日替わりのおそうざいと、セレクトされた国内外の絵本をお楽しみいただけます。世界各国の絵本関連展示のほか、子ども向けの文庫、大人向けの絵本イベントなどもぼちぼち開催していきます。 最寄り駅は大江戸線牛込柳町。神楽坂、市ヶ谷、曙橋も徒歩圏内。お散歩がてらお気軽にお立ち寄りください。

えほんとごはん 83gocco
東京都新宿区市谷加賀町2-6-1 市ヶ谷加賀町アパートA-102  営業時間/11時〜19時 定休日/日・月 

 
 
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