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2020.12.28

広松由希子のこの一冊 ―絵本・2020年代― 連載第5回『100』名久井直子/さく 井上佐由紀/しゃしん



第5回 「数の体感」
名久井直子/さく 井上佐由紀/しゃしん 『100』
(福音館書店 2020年2月10日刊)



 2020年も、カウントダウンが始まりました。思えば、わたしたちの生活は「数」にまみれています。消費税率とか感染者数とかランキングとか〆切日とか……数字がなかったら、もっとのどかで幸せなんじゃ? という気もしてきます。

 ここ数日、別の仕事で、ちょっと「数」のことを調べていました。オーストラリアの先住民アボリジナルは、3以上の数詞をもたない民族が多いのですが、数の概念がないわけじゃありません。そう、数=数字じゃないんですね。自然と調和しながら生きるために必要な数もあり、遊んで楽しい豊かな数もあるんだなあ、と。

 さて、絵本『100』は、2020年にまぶたにくっきり焼きついた「数」の絵本です。『MOE』でもおなじみのブックデザイナーとして大活躍の名久井直子さんと、写真家の井上佐由紀さんによる写真絵本で、幼児向けの科学絵本でもあります。
 

 

 
 正確には、2016年に月刊絵本「ちいさなかがくのとも」として発行され、2020年に幼児絵本「ふしぎなたねシリーズ」として単行本化されました。「ふしぎなたね」は、3歳から5歳向きとされるシリーズです……と数字を並べてみると、なるほどって、大人の頭にはとりあえず情報が入りますよね。でも幼い子どもは、どうでしょう? 3歳の子どもにとって、100って?

 100はもちろん数字ですが、『100』は、数字の書き方や数え方を教える絵本ではありません。数の概念――というかもっと根源的な、数の驚きやよろこびの感覚を、見ることを通して、瞬間的に体に伝える絵本だと思います。

 まず、表紙の「100」の題字の特別感。王様みたいに立派なセリフのついた「1」に、丸っこい「0」ふたつ。祝祭感たっぷりのバランスです。背表紙は「1」「0」「0」と縦並び。「ひゃく」が読めない子どもの目にとって(いや、3も5も数字が全然読めなくても)、インパクトの強いゆかいな記号でしょう。

 表紙からぐるっと背を回って裏表紙まで、色とりどりの100個の風船が浮かんでいます。色だけでなく水玉や星模様、ふんわりハート形もあり、読後の裏表紙にだけ、いたずらな顔が目くばせしているのもニクい演出。ぶら下がる糸もカラフルに100本。ファンファーレが聞こえてきそうな、開く前からわくわくさせる数絵本なのです。これ、だいじ。

 扉には、白木の積み木が、ぽつんと「1」。めくると、見開きいっぱいに、みごとなお城が作られていて、全部で「100」! そうか。この「1」が、こんなにいっぱい集まって、「100」なんだ! と、うれしい気持ちといっしょに、すとんと体で納得します。

 木のおもちゃの後は、ぬめっと動く生きものへ。

 



 数字以外は控えめな丸ゴシックで。白い背景の特別な水槽に、白っぽい砂。藻の緑が金魚を引き立てます。めくると、

 



 

 ひゃーっ、いっぱい。ぞくぞくする。これも「100」なのね。硬くても柔らかくても、じっとしてても動いても、ひとつひとつちがう「1」でも、いっぱい集まったら、やっぱり「100」なんだ。

 ごちゃっと固めて「100」の輪ゴムが、バラバラに散ったら、こんなにきれい。
 金太郎飴の意外な「1」が「100」になると? 100人100様、みんなちがって、みんな変。

 白い背景に浮かび上がる、うれしい「100」、びっくりの「100」。子どもも大人も見て楽しい、ときめく「100」の選択が、この絵本ではだいじなポイント。ほぼ原寸の写真に引き込まれ、自分もやってみたくなる「100」もあります。

 100まで数えたければ数えてもいい。ちゃんと100ありますからね。でも金魚の大群とか、ごちゃごちゃの輪ゴムとか、大人にだって難しいというのも、すてきなポイント。数えるのが楽しくなっちゃう子もいると思うけれど、数え方を頭から教えたりはしない。数の絵本にありがちな知育絵本の企みなど、微塵も感じられません。

 自然光を生かして撮られた写真は、身近で親しい雰囲気をもちながら、どこか浮世離れ。キリッとシャープというより、ふんわり柔らかい空気をはらんでいます。ラストシーンのぷっくりした指を見たときに、ああ、と。大好きな写真絵本、タナ・ホーバン Tana Hobanの『1, 2, 3』(グランまま社 1985/ 2005新装版)を思い出しました。

 『1, 2, 3』は、1から10までの身近な物を写した素朴なカウンティング・ブックですが、白い背景に選ばれた物たちが愛らしいのです。ろうそく1本のバースデーケーキとか、赤ちゃん用の靴2つとか、ぷっくり指が5本とか、動物ビスケット7つとか……幼い人たちに表情豊かに親しく語りかけてくる写真は、井上さんの写真にも通じると感じました。
 「ピントがどこか甘い写真でも、気分がよければそっちの方が大事」と、名久井さんがインタビュー(『MOE』2020年6月号)で語っていたのを読んで、うんうん、小さい人の絵本にとって、ほんとに幸せな写真だなあと思いました。

 でもね、この『100』の写真は……赤ちゃんの足指をじっとさせるどころの騒ぎじゃないですよね。じっとしているつみきや輪ゴムはまだしも、100匹の金魚が泳ぐ水槽とか、四方八方一斉に弾みまくる100個のスーパーボールとか……無理ギリギリの選択ではないかしら? 撮影現場のてんやわんやは想像を絶するものがあります。これをリアルに、「どれもなるべく一発撮り」(前出)で撮ったというんだから、しかも水面下のバタ脚は感じさせず、けろっと撮っているように見えるから、すごいこと! そこにも浮世離れの面白さがあるんですねぇ。

 100をテーマにした写真のディレクションと決断力、コンセプトのビジュアル化は、百戦錬磨のブックデザイナー、名久井さんならではでしょう。めくることで読者の気分が満ち引きする、生き生き動く数の絵本。「数」って面白いと気づいたら、読んだ後の暮らしにも、ふっくら豊かな遊びが広がりそう。

・・・・・

 余談ですが、小さい子どものぷっくりした手とか足を見るのが、好きです。たぶん猫好きの肉球に匹敵するくらい。どんぐりを持った手のラストシーンをたっぷり愛でた後で、横の奥付を見たら、「なくい なおこ さく いのうえ さゆき しゃしん」と書かれているのが目に入りました。「ふしぎなたねシリーズ」では、奥付の作者名をひらがなで書くのですね。ぷっくりした指で、小さな奥付の文字をたどりながら1文字ずつ音読している子どもの姿を思い浮かべて、楽しい気持ちになりました。 

 

 
 


なくいなおこ
/1976年岩手県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店勤務を経て、2005年に独立。小説を始め、コミックや絵本、辞典などさまざまなブックデザインを手がける。


いのうえさゆき/1974年福岡県生まれ。アメリカ現代写真の研究者である小久保彰氏に師事し写真史と写真表現を学ぶ。CDジャケットや広告、雑誌などで幅広く活動している。





広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。2017年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)、訳書に『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)、『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月3日より、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にオープン。www.83gocco.tokyo




東京都新宿区市ヶ谷に「えほんとごはん」のお店ができました。団地の一室をリノベーションしたささやかなスペースですが、和洋中さまざま、日替わりのおそうざいと、セレクトされた国内外の絵本をお楽しみいただけます。世界各国の絵本関連展示のほか、子ども向けの文庫、大人向けの絵本イベントなどもぼちぼち開催していきます。 最寄り駅は大江戸線牛込柳町。神楽坂、市ヶ谷、曙橋も徒歩圏内。お散歩がてらお気軽にお立ち寄りください。

えほんとごはん 83gocco
東京都新宿区市谷加賀町2-6-1 市ヶ谷加賀町アパートA-102  営業時間/11時〜19時 定休日/日・月 


   
「83gocco(ハチサンゴッコ)」店内 撮影/志田三穂子

 
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