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2021.03.02

広松由希子のこの一冊 ―絵本・2020年代― 連載第6回 クリハラタカシ『ゲナポッポ』



第6回 絵本『ゲナポッポ』覚え書き
クリハラタカシ/作 『ゲナポッポ』
(白泉社 2020年10月刊)




 吾輩は、いえ、ワタクシはゲナポッポでございます。名前しか、ありません。
正体不明の生物……いえ、ひょっとして無機物? なんなのか、だれも知りません。自分自身でもわかっていません。
なのに、空は飛べるし、分裂できるし、再生できるし、ビームで願いを叶えられるし、人間から見たら、ほぼ万能です。
なのになのに、腰が低く、うっかり者で、ドーナツの穴が好物の食いしん坊で、自由気ままで、意外と真面目……と、生態のディテールはかなりあらわで、親近感も覚えます。

 八百万の神がおわす擬人化王国、日本の絵本においても、最先端の擬人化じゃないでしょうか。抽象形に穴と突起があるだけで、どうしてこんなに対話したり感情移入したりできるんでしょう。世間をにぎわせた「ちくわのわーさん」とも次元がちがうようです。

 ああ、それなのに、最先端でありながら、妙に懐かしい。キャラクターとしても、「絵本」としても。
以下、魅惑の絵本『ゲナポッポ』についての瑣末な覚え書きです。

 

 

 
 この絵本……とりあえず絵本と呼んでしまいましょう。CコードがC8793なのをそっと確認して、かなりうれしくなっておりました。Cコードって、裏表紙のISBNの後に書かれていたりする、日本図書コードの分類コードのこと。第1桁は販売対象で、8は児童。第2桁は発行形態で、7は絵本。3-4桁が内容で、93は日本文学、小説・物語を示しています。たとえばクリハラタカシさんの著作『ツノ病』『隊長と私』はC0979。『冬のUFO・夏の怪獣』はC0079でした。前者は一般向けコミック形態のコミック・劇画。後者は一般向け単行本のコミック・劇画という記号ですね。

(さらに余談ですが、意外な絵本が絵本じゃなかったりするので、暇なときに手持ちの絵本を見ると楽しめますよ。たとえば『んぐまーま』はC0071……)

 いえ、記号はしょせん記号でしかないのですが、ここから勝手に読み取れるのは、『ゲナポッポ』は「ゲナおもしろい! ポッポ界の最高傑作!!」(ヨシタケシンスケさんの帯文より。けだし名言)であると同時に、絵本界の大傑作じゃないかということ。しかも、児童向けと言っちゃってるのが、すばらしい。確かに『ゲナポッポ』のハイセンスでやわらかなナンセンスは、大人が一人占めしちゃイケマセン。

 



 昔……といっても、動物と人間が同じ言葉をしゃべっていたような大昔ではなくて、数十年から100年くらい昔を思い浮かべました。日本では長いこと、漫画と絵本が共通語を話していたのですよね。たとえば1920年代の絵雑誌や、武井武雄や初山滋や村山知義と籌子のナンセンス「画噺」、1940年代の茂田井武の「えばなし文庫」や『長編漫画物語 三百六十五日の珍旅行』などなど。絵本も漫画も、ゆっくりと右から左へ時間が流れていました。

 後年、雑誌『母の友』に連載されていた長新太さんの「マンガどうわ なんじゃもんじゃ博士」にも通じるものがあると思います。クリハラさんは小学1年生くらいのときに単行本の『なんじゃもんじゃ博士』を読んで、天啓(面白過ぎて頭を殴られたような感じ)を受けたといいます。

 『ゲナポッポ』のとぼけた間を含んだ笑い、宇宙的スケールの空間で、背中丸くしてこたつにあたっているような生活感にも、脈々と受け継がれている自由な尺度の「宇宙物差し」を感じます。

 

 

 絵本『ゲナポッポ』には、線がありません。コマも線で囲まずに色面で構成されています。ゲナポッポ自身、背景の塗り残しの形で描かれているようです。まるで雲や湯気や吹き出しと同じ質感。控えめな効果線のようなものは見られますが、線と呼ぶには太くてゆるく、スピードを表す線とはちがいます。

 色面どうしの重なりや隙間が、古きよき版ズレの時代を彷彿とさせながら、今時のリソグラフ印刷のイメージでもあります。そうして、題字も含めた見開きが色面分割された一枚の画面として、ほれぼれと心地よく美しいのですね。

 コマ割りと吹き出しがあって、1ページにたくさんの絵と時間が存在している現代のマンガと、絵とト書きで大胆に状況を展開できる絵本――『ゲナポッポ』では、その「両方の力」を使ったと、クリハラさんは「MOE」本誌(2020年12月号)のインタビューでも語っていました。

 

 

 ここ数年、ボローニャ・ラガッツィなどの国際賞や、BIB 2021のシンポジウムのテーマ予告など、絵本の世界では、グラフィック・ノベルやコミック的表現に熱い視線が注がれています。
マンガ大国の日本では、1960年代以降の絵本とマンガの棲み分けが、かなり続いていましたが、こんな絵本を待っていたのかもしれません。

 最先端でありながら、日本の絵本のふるさとみたいな心地もする、絵本。
絵本とマンガのノルディック複合……テレビ体操で鍛えた強靭な筋肉と空気力学的効率を兼ね備えたゲナポッポ的肉体のクリハラタカシさんだからこそ生まれた、絶妙な塩梅の「絵本」ではないでしょうか。

・・・・・

 扉からp.60まで、1見開きから2見開きで「オワリ」と塗り残し文字で完結する短編絵ばなしが、20話収録されています。誕生?から消滅と再生?まで、全体をゆるやかなひとつの物語で包んでいます。
さらに、最後にエピローグのような4ページがあるのですが、最後には「オワリ」の文字がないのですね。

 余韻をたっぷり味わって、パタンと閉じた後の裏表紙が、また最高です。
ああ、「なんじゃもんじゃ博士」を貪っていた頃の、子どもの自分にも読ませたいな。
繰り返し繰り返し、この「わからなさ」に夢中になったにちがいありません。

 


 

 
 


クリハラタカシ
/1977年東京都生まれ。マンガ、イラストレーション、絵本、アニメーションなどで活躍。主な著書にマンガ『ツノ病』『ラッキーボギー』(青林工藝舎)、『冬のUFO・夏の怪獣』(ナナロク社)、絵本『ぱたぱたするするがしーん』(福音館書店)、『これなんなん?』(くもん出版)、『とおくにいるからだよ』(教育画劇)、『こうえん』(偕成社)等がある。


 


 



広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。2017年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)、訳書に『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)、『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月3日より、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にオープン。www.83gocco.tokyo




東京都新宿区市ヶ谷に「えほんとごはん」のお店ができました。団地の一室をリノベーションしたささやかなスペースですが、和洋中さまざま、日替わりのおそうざいと、セレクトされた国内外の絵本をお楽しみいただけます。世界各国の絵本関連展示のほか、子ども向けの文庫、大人向けの絵本イベントなどもぼちぼち開催していきます。 最寄り駅は大江戸線牛込柳町。神楽坂、市ヶ谷、曙橋も徒歩圏内。お散歩がてらお気軽にお立ち寄りください。

えほんとごはん 83gocco
東京都新宿区市谷加賀町2-6-1 市ヶ谷加賀町アパートA-102  営業時間/11時〜19時 定休日/日・月 


   
「83gocco(ハチサンゴッコ)」店内 撮影/志田三穂子

 
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