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2022.08.31

広松由希子のこの絵本のココ! 連載第1回 『がっこうに まにあわない』ザ・キャビンカンパニー


第1回
『がっこうに まにあわない』ザ・キャビンカンパニー(あかね書房 2022年6月)
 
ブックデザイン: 祖父江慎+志間かれん(コズフィッシュ)

 

 ギリギリのエネルギー
 

学校に間に合わない! という夢は、今もしょっちゅう見てしまう。愚図で時間の読みが甘いので、いつもギリギリ綱渡りで暮らす羽目になっているからでしょう。目が覚めてもドキドキが止まらない。ザ・キャビンカンパニーの『がっこうに まにあわない』は、そんな悪夢のテンションが場面を貫く絵本です。
 

 

ゴウゴウと猛烈に駆けているのに、次々思いがけない障害物が。下腹がキュウとなって、脂汗べっとり。足元ぐらぐら。7時47分に家を飛び出してから8時ギリギリに校庭に到着するまでの13分が、1見開き1分刻みで濃密に描かれます。白地の面、細密の線、極彩色、ぐいぐいちまちまこってり、さまざまな技法による激しいミクストメディアで、心象のリアルとシュールのカオスに巻き込まれます。

 

 デザインの力


画面の表面張力がこらえきれずに、エネルギーがページからあふれかえっています。パワフルな絵本ユニットの真骨頂、ぴったりの題材……というだけでなく、この絵本をはみ出す勢いを方向づけ、焦燥感とスピード感を醸し出しているのは、型破りなデザインの力でしょう。
 

 

見れば見るほど見たことないようなディテール。表紙から、めいっぱい不穏なギリギリ題字。錯乱ぶりの伝わるキャッチコピーのステッカー。扉頁のはみ出しっぷり。千々に乱れた画面のテキストは、底辺から1センチの白い帯に、ノドをまたいで一直線、左から右に走り抜けます。文字通りノドまでいっぱいの焦燥感。

7時54分から57分までの、永遠に開かないと思える踏切場面のテキストのレイアウトにも、痺れますよ。見て見て。「ゴン ゴン ゴン ゴン……」
 

 

8時ジャストに、世界は一変。先生の声が遠くに聞こえます。時間の呪縛から放たれて、悪夢からも現実からも切り離されたラストシーン。その後の特別な余白。涼しい風に吹かれながら、しばしぽかーんと余韻に浸り、本を閉じます。ああ、裏表紙も渋い……

現実と悪夢が交錯する絵のモチーフや内容については、「MOE」本誌2022年9月号の「MOEのおすすめ新刊絵本」(木村帆乃/文)に詳しいのであわせてお読みください。

 

 既刊絵本も読みたい


彷彿として読み返したくなった既刊絵本には、
ひりひり妄想の通学路『かえりみち』森洋子作 トランスビュー 2008 とか……



……ギリギリ白昼夢のデザイン『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』及川賢治、竹内繭子文・絵 岩崎書店 2007 があります。





長らく連載を休んでしまいました。すみません。心機一転、自主リニューアルいたしました。
これまでのように絵本一冊まるごとではなく、「この絵本のココ!」と、新刊絵本の局所に集中して読んでいきたいと思います。「読み心地」と「偏愛」がキーワード。どうか気楽におつきあいください。

 

広松由希子(ひろまつゆきこ)/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。2017年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)、『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、訳書に『ナイチンゲールのうた』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)、『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。MOE2022年1月号より「日本の絵本 100年100人100冊」を連載中。2020年、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にオープン。www.83gocco.tokyo



83gocco(ハチサンゴッコ)は、絵本の読めるおそうざい屋です。団地の一室をリノベーションしたささやかなスペースですが、和洋中エスニック……さまざまな日替わりのおそうざいと、セレクトされた国内外の絵本をお楽しみいただけます。世界各国の絵本関連展示のほか、子ども向けの文庫、大人向けの絵本イベントなど、状況を見て、ぼちぼち開催していく予定です。 最寄り駅は大江戸線牛込柳町。神楽坂、市ヶ谷、曙橋も徒歩圏内。お散歩のついでにお立ち寄りください。*今はテイクアウトのみで営業中です。

えほんとごはん 83gocco
東京都新宿区市谷加賀町2-6-1 市ヶ谷加賀町アパートA-102  営業時間/11時〜19時 定休日/日・月 ・最終土曜

 
   
「83gocco(ハチサンゴッコ)」店内 撮影/志田三穂子

 
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