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2020.09.03

広松由希子のこの一冊 ―絵本・2020年代― 連載第2回『ここは』最果タヒ・及川賢治



第2回 「複眼で見たい」
最果タヒ×及川賢治『ここは』
(河出書房新社)


 詩人・最果タヒさんのデビュー絵本、100%ORANGEの及川賢治さんの自信作(きっと)。といったことは置いといて、ただ見たいと思いました。ただ見て、めくって、感じてみたい『ここは』です。
 

 

 白と朱赤。黄色と空色、そして黒。濃淡と微妙な掛け合わせ。細く震える輪郭線。昨年亡くなった和田誠さんを、どこか彷彿とさせる表紙絵です。

 丸と四角と三角。散らばるおもちゃの真ん中に、椅子に座る母、その膝に座る幼い子。ぐんにゃり曲げた脚とくりんとした前髪に妙な張りがあります。絵に描いたような微笑もそっくりな親子像。どしっと安定感がありそうでいて、にじんだ墨色の椅子。一本の脚だけがプラレールの円の内側にありますね。もやっと不安定な安定感です。

 天地をスパッと二分する白と朱のカバー袖に、バシッとまぶしい空色の見返しを抜けるとボンッ!と扉にどでかい青い風船がアップで登場します。やや横長の楕円形。ふわふわ漂うはずの風船が、だれより重厚な存在感で、確かな不確かさを発揮しています。この逃げも隠れもしない風船が、絵本を視覚的に導く道標となるんですね。
 



 「ここは、おかあさんの ひざのうえです。」と、文が始まります。
 「まちのまんなか でもあります。」「こうえんのちかく でもあります。」このあたりまで読むと、ははーんと、わかった気になるかもしれません。子ども(読者)に「ここ」を認識させる絵本だな? と。
 

 

 


 名作『ぼくのいまいるところ』(「かこ・さとし かがくの本1」 童心社 初版は北田卓史さんの絵)を思い出しました。奇しくもイームズ夫妻の「Powers of Ten」と同じ1968年に描かれたこの本は、ぼくのいる「いま、ここ」を考える科学絵本です。「ここ」からカメラを引いて徐々にズームアウトしていき、庭、町、国……大宇宙まで広がって、最後にまた一気に「ここ」にズームインする。自分という存在を、広い世界の中の一部ととらえる。まっすぐ直線的にズームする視点、子どもたちに向かう健全な科学は、高度経済成長期、アポロの時代に生まれたものでした。

 でも、この絵本『ここは』は違うんですね。次をめくると、あれっ? と、はぐらかされます。
 「いすのうえ でもあるね。」「テレビのまえ でもあります。」
 え? この本の視点は、単純なズームの動きをしません。縦横斜め下、気まぐれかつ超高性能なドローンみたいな動き。一気に大気圏を突き抜けて地表を俯瞰したかと思うと、床を這って顎の下から見上げたりもする。

 

 

 私たちの視線のよるべとなっていた青い風船は、地球を離れたところで一度姿を消します。と同時に、私たちの意識は「ここ」の身体に帰ってきます。「ここ」は、目や頭でとらえる物理的な位置だけでもなくて。聴覚や触覚、体と心で感じるなにかとの微かな接点だったり、一体感だったりするんですね。

 「はしっこ」とか「まんなか」とか、易しくもふくよかなことばで多角的に語られる「ここ」。絵は文に付き添わず、寄ったり離れたり散歩したり。心と三半規管を揺さぶられながら、読み進めていくと、最終ページには、もうひとつ青の「楕円形」があり、有無を言わせぬ後見返しの闇に目を瞑ります。ああ、なんだこれは。

・・・・・

 もう一度、最初から、読み返さずにはいられません。画面のそこここに存する人やら物やらの物語が、断片的にたどれたり、たどれなかったりします。おばあさんを乗せたタクシーは、ぐるぐる道に迷っているみたい。風船を手放した子たちのその後はどうなった? この猫はあの猫? こっちのロケットは? うーん、読めない。それもまたリアル。主役だけでなく、豊かな枝葉末節の、それぞれの「ここ」が集まって「ここ」があるんですね。

 できることならトンボの目になって、画面の隅々を同時に見たい。地中深くも大気圏外も、目視外飛行をして見たい。子どものように読むなんてできっこないけれど、ただ見て、感じて、何度でも、ゆやんゆよんしながら、あっちこっち見たいな。

 「いま、ここ」だけじゃない、複眼で見る『ここは』は、ほかでもない2020年の「ここ」じゃないかと思いました。

 


 

文 最果タヒ(さいはてたひ)/1986年生まれ。詩人。2006年、現代詩手帖賞を受賞。07年、第一詩集『グッドモーニング』刊行。同作で中原中也賞を受賞。15年、詩集『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞を受賞。他の著書に、詩集『空が分裂する』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(映画化)『愛の縫い目はここ』『天国と、とてつもない暇』『恋人たちはせーので光る』、小説『星か獣になる季節』『少女ABCDEFGHIJKLMN』『十代に共感する奴はみんな嘘つき』、エッセイ集『きみの言い訳は最高の芸術』『もぐ∞』『「好き」の因数分解』『コンプレックス・プリズム』、清川あさみとの共著『千年後の百人一首』などがある。

 

絵 及川賢治(おいかわけんじ)/1996年頃から100%ORANGEとして活動を開始。イラスト、絵本、漫画などで幅広く活躍中。07年、『よしおくんがぎゅうにゅうをこぼしてしまったおはなし』で第13回日本絵本賞大賞受賞。絵と文の両方を担当した絵本に『ぶぅさんのブー』『グリンピースのいえ』『ねこのセーター』『まる さんかく ぞう』『いっこ さんこ』、絵を担当した絵本に『さるかに』(広松由希子/文)『よ・だ・れ』(小風さち/文)『かがみとチコリ』(角野栄子/文)『まちがいまちにようこそ』(斉藤倫・うきまる/文)などがある。

 

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。2017年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)、訳書に『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)、『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月3日より、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco(ハチサンゴッコ)」を東京・市ヶ谷にオープン。www.83gocco.tokyo



東京都新宿区市ヶ谷に「えほんとごはん」のお店ができました。団地の一室をリノベーションしたささやかなスペースですが、和洋中さまざま、日替わりのおそうざいと、セレクトされた国内外の絵本をお楽しみいただけます。世界各国の絵本関連展示のほか、子ども向けの文庫、大人向けの絵本イベントなどもぼちぼち開催していきます。 最寄り駅は大江戸線牛込柳町。神楽坂、市ヶ谷、曙橋も徒歩圏内。お散歩がてらお気軽にお立ち寄りください。

えほんとごはん 83gocco
東京都新宿区市谷加賀町2-6-1 市ヶ谷加賀町アパートA-102  営業時間/11時〜19時 定休日/日・月 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

9月1日、ゆく夏を惜しんで、今日の絵本は韓国の絵本作家スージー・リーの『なみ』。絵本のノド、見開き左右を意識した表現で一気に世界に注目された出世作。スージーの描く子どもは、どんな国の人も自分を投影できる、普遍の子どもなのも魅力です。 奇しくも今日から始まった「となりの国への扉」展 @出版クラブでは、スージー・リーのサインメッセージや新作も展示中。韓国の絵本作家11人の豊かな絵本表現と、日本の子どもたちに向けられた親愛のメッセージを味わって。 #JBBY #となりの国への扉#出版クラブ #suzylee #wave #83gocco #日めくり絵本 #私は追悼します

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